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京都地方裁判所 平成3年(行ウ)22号 判決 1995年1月25日

京都市南区東九条明田町四〇番地

原告

前崎恵子

右訴訟代理人弁護士

小川達雄

京都市下京区間之町五条下ル大津町八番地

被告

下京税務署長 西田邦輔

右指定代理人

一谷好文

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が、原告に対し、平成二年二月一五日付けでした原告の昭和六一年ないし昭和六三年分の所得税更正処分のうち、別紙「課税の経緯」の右各年分の確定申告欄記載の総所得金額を超える部分及び過少申告加算税の各賦課決定処分をいずれも取り消す。

第二事案の概要

一  請求の類型(訴訟物)

本件は、原告が被告のした昭和六一年ないし昭和六三年(以下「本件係争各年」という。)分の各所得税更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分(以下「本件各処分」ともいう。)に調査手続上の違法及び総所得金額を過大に認定した違法があると主張して、右各処分の取消を求めた抗告訴訟である

二  争いがない事実

1  原告は、肩書の住所地である京都市南区東九条明田町四〇番地(以下「原告型」という。)において、「札の辻薬局」の屋号で医薬品、化粧品、雑貨等の小売業を営む、いわゆる白色申告者である。

2  原告の本件係争各年分の所得税の確定申告、更正処分、異議申立て、異議決定、審査請求、裁決の経緯は、別紙「課税の経緯」記載のとおりである。

三  本件係争各年分の事業所得金額(総所得金額と同額である。以下同じ)に関する当事者の主張

1  被告の主張

(主位的主張)

別表1の1<8>欄記載のとおり、次の額となる。

(一) 昭和六一年分 六六四万八四四七円

(二) 昭和六二年分 五七四万六八六二円

(三) 昭和六三年分 六二二万六三一三円

(予備的主張)

別表1の2<8>欄記載のとおり、次の額となる。

(一) 昭和六一年分 六〇〇万五五四〇円

(二) 昭和六二年分 五〇九万八一六九円

(三) 昭和六三年分 五四八万六〇八五五

2  原告の主張

別表「課税の経緯」の確定申告欄記載のとおり、次の額となる。

(一) 昭和六一年分 一一一万九一一九円

(二) 昭和六二年分 九八万六三三九円

(三) 昭和六三年分 九八万三四二〇円

四  争点

1  本件各処分の調査手続の適法性

2  本件各処分の推計の必要性

3  本件各処分の推計の合理性及び事業所得金額

第三争点に関する当事者の主張とこれに対する当裁判所の判断

一  本件各処分の調査手続の適法性(争点1)

1  被告の主張

(一) 所得税法二三四条に定める質問検査権を行使するに際しては、質問検査の範囲、程度、時期、場所等の実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な裁量に委ねられているものと解される。

したがって、本件で、被告の税務職員(以下「被告職員」という。)が原告に対し、調査理由を開示せず、また、原告の承諾なく取引先の反面調査を行ったとしても、そのことのみから、被告職員が右裁量の範囲を超えて違法な税務調査をしたものということはできない。

(二) しかも、被告職員が本件でした税務調査(以下「本件調査」ともいう。)では、後記二1(一)のとおり、被告職員は、原告に対し、原告の所得税申告額が適正なものであるか否かを確認するためであると概括的な調査理由を告知している。また、本件調査では、後記二1(一)ないし(四)のとおり、原告及びその夫である前崎好男(以下「好男」という。)は、被告職員の本件調査への協力要請に対し、調査日を設けようとせず、別件の裁判の準備のため多忙であると繰り返すのみであり、また、帳簿書類を預からせて欲しい旨の被告職員の申出にも同意をしない等の状況であった。そうであるから、被告職員は、止むを得ず反面調査を行ったものであり、これに何ら違法な点はない。

更に、原告は、被告職員が原告の病気に対する配慮を欠いたとも主張するが、後記二1(四)のとおり、被告職員は、原告の申出を受けて、原告の病状を考慮し、しばらく本件調査を見合せることにした。その後も、被告職員は、原告から提出された診断書の治療期間中は、本件調査を見合わせているし、原告の病状が悪化するといけないとの配慮から原告方での調査を避け、帳簿書類を預からせて欲しい旨を申し出ているのである。このように、本件調査において、被告職員は、原告の病状に配慮して調査を進めており、これに何ら違法な点はない。

2  原告の主張

(一) 所得税法二三四条に定める質問検査権の行使として行われる税務調査は、任意調査であるから、調査に応ずるかどうかは被調査者である納税者の自由な意思に委ねられていなければならない。また、税務調査は、被調査者の営む事業や生活に支障を及ぼし、大なり小なり納税者の利益を損ねる性質のものである。したがって、税務調査は、税務職員の自由裁量に委ねられるべきものではなく、当該具体的事情の下で調査について客観的な必要性があると判断され、かつ、被調査者の事業や生活上の利益との比較衡量において社会通念上相当と認められるものでなければならない。しかし、本件調査は、次の(二)ないし(四)のとおり、相当と認められる限度を逸脱した違法な本件調査といわざるを得ない。したがって、被告は、右違法な本件調査に基づき本件各処分をしたものであるから、右各処分は取り消されるべきである。

(二) 事前通知をしない。

原告及び夫の好男は、重度の精神障害(自閉症)を持つ息子をかかえ、一時も息を抜くことのできない営業と生活を送っている。右息子は、症状が現れると、ガラスを叩き割る、壁を壊す等の破壊的な行動、バケツの半分くらいの水をがぶ飲みする、自分の頭髪を禿になるまで抜く、顔が傷たらけになるまで掻きむしる、爪を剥がす等の自傷的行動、小さい子供や老人を突き飛ばす等の他人に対する攻撃的行動、癲癇の発作等、これらが昼夜を問わず突発的に発生し、原告及び夫の好男は、客の対応や経理処理もままならない状態になるのである。また、原告は、当時胃潰瘍で吐血し、病気加療中であったが、被告職員は、このことを診断書によって知っていた。このような状況の下で、税務調査が原告に及ぼす不利益を最小限にするためには、事前通知は不可欠であり、これを欠く本件調査は、質問検査権の行使として許容される範囲を逸脱した違法なものというべきである。

(三) 調査理由を開示しない。

税務調査は、納税者の事業と生活に不利益な影響を及ぼすものであり、前記(一)のとおり、本来、納税者の協力を求め得る任意調査にすぎないのであるから、被告職員は、原告に対し個別の具体的な調査理由を開示すべきでる。にもかかわらず、被告職員は、右調査理由を開示せずに本件調査を行ったものであって、本件調査は、違法である。

(四) 原告の承諾なく取引先に対する反面調査を行った。

反面調査は、その性質上、被調査者の取引先に対する信用を損なう等その影響が大きいから、その調査は、被調査者本人の同意があるか、被調査者に対する直接の調査が不可能である等、真にその客観的必要性がある場合に限られるべきである。にもかかわらず、右のとおり、被告職員は、原告に対する調査を尽くさず、原告の承諾も得ないで反面調査を行ったのであって、右反面調査は、違法というべきである。

3  当裁判所の判断

(一) 所得税法二三四条一項所定の質問検査による税務調査は、租税実体法によって成立した抽象的な納税義務を具体的に確定するための事実行為であって、課税処分とは本来別個のものである。そうであるから、調査手続の違法は、それが刑罰法規に触れたり、公序良俗に反する等およそ税務調査を行ったとはいえないと評価されるほど違法性の程度が著しい場合を除いては、課税処分の取消事由にはならないものと解するのが相当である。

そうすると、原告主張の前記2(二)ないし(四)の事業関係を前提にしても、被告職員による質問検査権行使の過程に本件各処分の取消事由となるような刑罰法違反や公序良俗違反等の重大な違法がるとは認められないから、原告の主張は、主張自体失当というべきである。

(二) のみならず、質問検査の範囲、程度、時期、場所等の実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限のある税務職員の合理的な選択に委ねられている(最決昭四八・七・一〇刑集二七巻七号一二一一頁、最判昭六一・七・一四訴訟月報三〇巻一号一五一頁参照)。そして、本件調査の経緯に関して、後記二3認定のとおり、被告主張の後記二1(一)ないし(四)の事実が認められるから、本件調査に、原告の私的利益との衡量において、社会通念上相当な限度を超え違法であるとすべき事実は、本件全証拠によっても認めるに足りない。

よって、本件調査が違法であり、それが本件各処分の取消事由になるとの原告の主張は、採用できない。

二  本件各処分の推計の必要性(争点2)

1  被告の主張

被告職員の甲(以下「被告職員甲」という。)及び被告職員甲から原告の本件調査を引き継いだ被告職員乙(以下「被告職員乙」という。)は、次の(一)ないし(四)のとおり、平成元年四月一七日以降、原告方に赴いて調査を尽くした。にもかかわらず、原告は、被告の右調査に協力せず、帳簿書類を一部提示しだけであったので、被告は、原告の本件係争各年分の事業所得金額を実額で計算することができず、止むを得ず原告の取引先に対する反面調査を行い、原告の事業所得金額を推計し、本件各処分を行ったものであるから、本件各処分には、推計の必要性が存在する。

(一) 平成元年四月一七日、被告職員甲は、原告方に赴き、原告に対し、本件係争各年分の原告の所得税申告額が適正なものであるか否かを調査するためる来た旨を告げたうえ、所得金額の計算の基礎となった帳簿書類の提示を求め、調査への協力を求めた。しかし、原告から、申告のことは夫の好男に任せており詳しいことはわからないから、調査日を改めて設定して欲しいとの申出があった。そこで、被告職員甲は、原告に対し、同月二一日の午前一〇時頃、再度訪問するから、帳簿書類を提示できるように準備しておいて欲しいと伝え、その旨を記載したメモを手渡して原告方を辞去した。

(二) 同年四月一九日、原告から電話で同月二一日は、裁判に出頭しなければならず都合が悪いので、同年五月八日にまた連絡するとの電話連絡があったが、その後、原告から一向に電話連絡はなく、調査日が決められないでいた。ようやく同月一六日になって、好男から、別件の裁判の準備で忙しい等の理由で六月末まで調査を延期して欲しいとの電話があり、被告職員甲は、忙しいのであれば、帳簿書類を預からせて欲しいと求めたが、好男は、これに応じなかった。そこで、被告職員甲は、右同日の午後、原告方に赴き、原告に調査日があまり先に伸びるようであれば、反面調査に移行する旨を伝えた。その後も、被告職員甲は、三回、原告方に赴き、調査に協力するように求めたが、原告の協力は得られず、調査の延期を求めるのみであった。被告職員甲は、同年七月六日までに帳簿書類の提示がなければ、更正処分を行う旨を伝えたところ、ようやく好男は、右同日、帳簿書類等を原告方で提示することを承諾した。

(三) 同年七月六日、原告は、原告宅で被告職員甲の本件調査を受けることとなったが、右調査の際もテープレコーダーで調査の模様を録音しようとする等調査に協力せず、昭和六三年分の収支内訳書、昭和六一年及び昭和六二年分の売上、経費等の合計額を記載したメモ、平成元年分の日計帳(収支と支払を記載しただけで現金残高の記載のない帳面)を提示したでけで、現金残高を明らかにすにような現金出納帳や請求書、領収証等の原始記録を提示しなかった。その日は、原告から息子の学校の家庭訪問があるので調査をいったん終了して欲しいとの申出があったため、調査未了ではあったが、原告が、この日に提示のなかった領収証等の原始記録を後日の調査において提示することを約したため、被告職員甲は、この日の調査を打ち切った。

(四) その後、担当職員の異動があり、被告職員乙が本件調査を引き継ぐことになった。被告職員乙は、同年八月三日移行、原告に対し、前任者(被告職員甲)の調査において提示のなかった原始記録等を再三にわたり提示するよう求めたが、好男は、もう提示する帳簿書類はないとか、原告が胃潰瘍で吐血したから調査を延期して欲しいと答た。また、同月二八日、南民商事務局長ほか数名の者が下京税務署を訪れ、原告が胃潰瘍である旨の診断書を提出し、被告人に対し、調査の延期を求めた。被告職員乙は、原告の右事情を考慮し、右の時点から一か月以上の期間をおいた同年一〇月六日、原告方に赴き、原告に面接して病状を尋ねた後、身体が良くなるまでの間、帳簿書類を預かりたい旨を申し入れ、同月一三日までに帳簿書類を用意しておくように伝えた。しかし、同月一二日、夫の好男から、提示する帳簿書類はないとか、別件の裁判の準備に忙しいとの電話連絡があり、その後も、本件調査に協力するようにとの被告職員乙からの再三の申し入れにもかかわらず、原告や夫の好男は、本件調査に協力しようとはしなかった。

2  原告の主張

(一) 本来、所得税の課税は、実額課税が原則であって、推計課税は実額課税ができない場合、止むを得ず用いられる課税方法であるから、推計課税を行うには推計の必要性があることがその適法要件である。

(二) 被告職員は、前記一2のとおり、違法、不当な税務調査を行ったものである。また、平成元年七月六日の原告方における調査において、原告は、被告職員に対し、被告主張の収支内訳書、日計帳等のほか、ビニール袋に入れて整理、保存しておいた伝票等の原始記録を提示し、併せて日常の経理処理についても具体的に説明している。右の日の調査において、原告がテープレコーダーの録音をしたのも、被告職員甲の承諾を得て行ったものであって、右調査に協力しようとしなかったわけではない。このように、原告は、本件調査に十分協力しているのであるから、被告職員の本件調査は、十分に尽くされたものとはいえず、したがって、被告が本件調査に基づいてした本件各処分には、推計の必要性がない。

3  当裁判所の判断

証拠(乙二ないし四、七、証人浅井正史、同中村嘉造)及び弁論の全趣旨を総合すれば、被告主張の前記二1(一)ないし(四)の各事実が認められ、これに反する証人好男の証言をたやすく信用することはできず、他に右認定を覆すに足りる的確な証拠がない。

右認定の事実によれば、被告が原告の本件係争各年分の事業所得金額を算出するについては、推計課税の必要性があったものと認められる。

三  本件各処分の推計の合理性及び事業所得金額(争点3)

1  本件各処分の推計の合理性

(一) 被告の主張

被告が主位的ないし予備的主張に係る原告の本件係争各年分の事業所得金額を推計するに当たり用いた、同業者の選定の経緯及びその推計方法は、次のとおりであって、その方法には合理性がある。

(1) 同業者の抽出基準

大阪国税局長は、原告の事業所所在地を所轄する被告に対し、青色申告書により所得税の確定申告書を提出している者のうち、本件係争各年分を通じて、次の<1>ないし<7>の全ての条件に該当する者を抽出するよう通達指示した。

<1> 医薬品小売業を主として営む者(化粧品、日用品、洗剤等の雑品を併せて販売する者を含む。但し、たばこを販売する者は除く。)。なお、医薬品については漢方薬を主として取扱っている者でないこと。

<2> 右<1>以外の業種目を兼業していないこと。

<3> 年間を通じて事業を継続して営んでいること。

<4> 事業所が自署管内にあること。

<5> 売上原価の額が九〇〇万円以上、四〇〇〇万円未満であること、なお、主位的主張に係る売上原価の額は、別表2の1の合計欄記載のとおりであることから、原告と同業者の事業規模の類似性を担保するため、下限を同表2の1の昭和六二年分合計欄記載の金額の概ね〇・五倍、上限を昭和六一年分合計欄記載の金額の概ね二倍とした。

<6> 事業専従者を一名有すること。

<7> 対象年分の所得税について、不服申立て又は訴訟が係属中でないこと。

(2) 同業者の選定件数等

右通達により抽出された同業者は七名であり、その売上金額、売上原価の額、売上原価率(売上原価の額の売上金額に対する割合)、一般経費、算出所得額(売上金額から売上原価及び一般経費を差し引いた額)、算出所得率(算出所得金額の売上金額に対する割合)は、別表3の1ないし3記載のとおりである。

(3) 同業者の抽出過程

前記(1)の抽出基準は、原告の事業内容に基づき設定したものであって、当該基準により抽出された同業者は、原告と業種、業態、事業場所及び事業規模等の点において類似性を有し、本件係争各年分を通じ継続して事業を行っている業者であるから、原告の事業所得金額を推計する基礎としては適当である。また、右同業者は、全て青色申告者であるから、その金額等の算定根拠となる資料は全て正確なものである。

しかも、右同業者の選定は、大阪国税局長の発した通達に基づいて機械的になされたもので、その選定に当たって恣意の介入する余地はない。

したがって、被告が抽出した同業者の売上原価率の平均値(以下「平均売上原価率」という。)、算出所得率の平均値(以下「平均算出所得率」という。)(以下両者を併せて「同業者率」という。)を用いて前記第二の三1の主位的ないし予備的主張のとおり、原告の本件係争各年分の事業所得金額を推計したことは合理的である。

(二) 原告の主張

被告主張の推計の合理性は、争う。被告抽出の同業者は、その事業所が下京税務署管内にあるというだけで、その地域性すら明らかではないから、被告抽出の同業者と原告とかその業態等において類似しているとは到底いえない。

また、原告の営む薬局の周辺地域は、十数件もの薬局がひしめいている極めて競争が激しい地域であり、相当の値引きをしなければ営業が成り立たない場所である。また、原告は、重度の精神障害を持つ息子をかかえながら営業するという困難をかかえているうえ、その息子の発作等により周囲にも迷惑をかけている状況の中で、売上が減少するという状況におかれている。そうであるから、右原告の特殊事情を考慮しないでした被告の推計方法は、合理性がない。

(三) 当裁判所の判断

(1) 証拠(乙五、六、証人山田弘一)及び弁論の全趣旨によれば、前記の(一)被告主張の(1)(同業者の抽出基準)、(2)(同業者の選定件数等)、(3)(同業者の抽出過程)の各事実が認められる。

右認定の事実によれば、同業者の選定基準は、業種、業態の同一性、事業所の近接性、事業規模の近似性等の点で同業者の類似性を判別する要件として合理的なものである。そして、その抽出作業について被告や大阪国税局長の恣意の介在する余地は認められず、かつ、右調査の結果の数値は、青色申告書に基づいたもので、その申告が確定しており信頼性が高い。抽出した同業者数も七名であることから、各同業者の個別性を平均化するに足りるものである。

これに対し、原告は、被告抽出の同業者は、その事業所が下京税務署管内にあるというだけで、その地域性すら明らかではないから、被告主張の推計には合理性がないと主張するが、右説示に照らし、かかる主張は、採用できない。

したがって、右により算出された同業者率を基礎にする被告主張の推計方法には、特段の事情のない限り、合理性があるといえる。

(2) 原告の主張(特段の事情)の検討

これに対し、原告は、自己の営む薬局の周辺地域は十数軒もの薬局がひしめいている極めて競争が激しい地域であり、かつ、原告には重度の精神障害を持つ息子がいるのであるから、これらの原告の特殊事情を考慮しない被告主張の推計方法は不合理であると主張する。そして、これに沿う証拠(甲六ないし八、証人好男)がある。

しかし、同業者率による推計の場合、抽出基準として当該納税者の業態等と完全一致する者を選択することはおよそ不可能であるから、課税庁として正確に把握でき、かつ、所得率等に影響を及ぼし得ることが経験則上認められる要素を基準として同業者を抽出すれば、他に所得率等に影響を及ぼす要素があったとしても、原告において、それが所得率等に影響を及ぼすことが決定的であることを立証しない限り、その推計方法に一応の合理性が認められるというべきである。

また、推計による所得金額の算出においては、その性質上、同業者との間に通常存在する程度の営業条件等の差異は同業者率の平均化の過程で平均値の中から吸収されるから、当該平均値による推計自体を不合理ならしめる程度に顕著な特殊事情でない限り、原告の個別的事情は、斟酌する必要はない。

そうすると、被告において、原告と同業者の類似性につき一応の合理性を立証すれば、同業者と原告の業態等がその細部に至るまで差異がないことを立証する必要はなく、むしろ、その合理性を覆す原告において、右業態等の差異が経験則上、所得率等に影響を及ぼすことが決定的であり、これを抽出基準に加えなければ不合理であるとか、あるいは、その業態等の差異が同業者率の平均化の過程で捨象されない顕著な特殊事情であることを立証する必要があるものと解するのが相当である。

してみると、原告の善意主張に沿う証拠(甲六ないし八、証人好男)によっても、その主張事実(原告店舗の立地条件や周囲同業者との競争、原告の家庭内の事情)が、経験則上所得率等に影響を及ぼすことが決定的であるとか、同業者率の平均化の過程で捨象されない顕著な特殊事情であるとはみとめられないから、原告の右主張は、理由がない。

したがって、被告が同業者率を用いて原告の本件係争各年分の事業所得金額を推計したことは合理的と認められる。

2  事業所得金額

(一) 被告の主張

(1) 主位的主張

イ 本件係争各年分の事業所得金額

原告の本件係争各年分の事業所得金額は、別表1の1の<8>欄記載のとおり、次の額となる。したがって、本件各処分は、いずれもその各金額の範囲内にあるから適法である。

<1> 昭和六一年分 六六四万八四四七円

<2> 昭和六二年分 五七四万六八六二円

<3> 昭和六三年分 六二二万六三一三円

その算定方法は、次のロないしヘのとおりである。

ロ 売上原価の額

本件係争各年分の売上原価の額は、別表1の1の<2>欄記載のとおりであり、その明細は、別表2の1記載のとおりである。

なお、各年分の期首及び期末の各商品棚卸高が不明であるため、期首と期末を同額とみて、各年分の仕入額を当該年分の売上原価の額とした。

ハ 売上金額

本件係争各年分の売上金額は、右ロ記載の売上原価の額を別表3の1ないし3の<3>欄記載の同業者の当該年分の売上原価率の平均値(平均売上原価率)で除して算定した。原告の本件係争各年分の売上金額は、別表1の1の<1>欄記載のとおりである。

ニ 算出所得金額

原告の本件係争各年分の算出所得金額は、右ハの売上金額に、別表3の1ないし3の<6>欄記載の同業者の当該各年分の算出所得率の平均値(平均算出所得率)を乗じて算定した。原告の本件係争各年分の算出所得金額は、別表1の1の<5>欄記載のとおりである。

ホ 特別経費の額

原告は、夫の好男が原告肩書地に所有する店舗兼居宅(木造瓦葺二階建)において医薬品等の小売業を営んでいる。右建物のうち、事業用に使用している部分の減価償却費の額は、本件係争各年分とも、別表1の1の<6>欄記載のとおり、三万六九〇六円である。

なお、右建物の取得価額が不明であるので、同建物の昭和六一年度の固定資産税評価額(一九五万二七〇〇円)を取得価額とし、事業専用割合を五〇パーセント(原告は、同建物の半分を居住用として使用していると認められる)として計算した。減価償却費の算出方法は、別表4に記載のとおりである。

ヘ 事業専従者控除額

事業専従者控除額は、別表1の1の<7>欄記載のとおり各年分とも四五万円であるが、この金額は、原告の実母である中西シズヱに係るものである。

(2) 予備的主張

イ 本件係争各年分の事業所得金額

原告の本件係争各年分の事業所得金額は、別表1の2の<8>欄記載のとおり、次の額となる。したがって、本件各処分は、いずれもその各金額の範囲内にあるから適法である。

<1> 昭和六一年分 六〇〇万五五四〇円

<2> 昭和六二年分 五〇九万八一六九円

<3> 昭和六三年分 五四八万〇八五五円

その算定方法は、次のロないしヘのとおりである。

ロ 売上原価の額

本件係争各年分の売上原価の額は、別表1の2の<2>欄記載のとおりであり、その明細は、別表2の2記載のとおりである。

ハ 売上金額

本件係争各年分の売上金額は、右ロ記載の売上原価の額を別表3の1ないし3の<3>欄記載の平均売上原価率で除して算定した。原告の本件係争各年分の売上金額は、別表1の2の<1>欄記載のとおりである。

ニ 算出所得金額

原告の本件係争各年分の算出所得金額は、右ハの売上金額に、別表3の1ないし3の<6>欄記載の同業者の当該各年分の平均算出所得率を乗じて算定した。原告の本件係争各年分の算出所得金額は、別表1の2の<5>欄記載のとおりである。

ホ 特別経費の額

主位的主張ホと同じ(別表1の2<6>欄記載のとおり)。

ヘ 事業専従者控除額

主位的主張ヘと同じ(弁表1の2<7>欄記載のとおり)。

(二) 原告の主張

(1) 被告の主位的ないし予備的主張に係る原告の本件係争各年分の事業所得金額は、争う。原告の本件係争各年分の事業所得の金額は、別紙「課税の経緯」の確定申告欄記載のとおり、次の額である。

<1> 昭和六一年分 一一一万九一一九円

<2> 昭和六二年分 九八万六三三九円

<3> 昭和六三年分 九八万三四二〇円

(2) 主位的主張に対する認否

イ 主位的主張イ(本件係争各年分の事業所得金額)は、争う。

ロ 同ロ(売上原価の額)は、大正製薬株式会社大阪支店(以下「大正製薬」という。)の各年分の仕入金額を除き、認める。

ハ 同ハ(売上金額)は、争う。

ニ 同ニ(算出所得金額)は、争う。

ホ 同ホ(特別経費の額)は、認める。但し、次の特別経費を追加して主張する。

(人件費)

原告は、本件係争各年分において、森紀美子(以下「森」という。)をアルバイトとして雇い入れていた。同女に対する給料として次のとおり支払った。

<1> 昭和六一年分 七六万円

<2> 昭和六二年分 七六万七〇〇〇円

<3> 昭和六三年分 六一万八〇〇〇円

(店舗敷地の賃料)

原告が水野晴夫に対し、本件係争各年分において支払った年額九万円の店舗敷地の賃料。

ヘ 同ヘ(事業専従者控除額)は、認める。

(3) 予備的主張に対する認否

イ 予備的主張イ(本件係争各年分の事業所得金額)は、争う。

ロ 同ロ(売上原価の額)は、認める。

ハ 同ハ(売上金額)は、争う。

ニ 同ニ(算出所得金額)は、争う。

ホ 前記(2)ホの主位的主張に対する認否と同じ。

ヘ 前記(2)ヘの主位的主張に対する認否と同じ。

(三) 当裁判所の判断

(1) 売上原価の額(仕入金額)

本件係争各年分の仕入金額(売上原価の額)は、被告の主位的主張に係る別表2の1の<8>欄記載の大正製薬の各年分の仕入金額を除き、当事者間に争いがない。そこで、右大正製薬の各年分の金額が原告の仕入れに係るものであるか否かを検討する。

イ 証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。

(イ) 被告が大正製薬に対してした札の辻薬局への売上金額及び決済状況の照会に対し、大正製薬のした回答(乙八の1ないし3)によれば、原告は、本件係争各年分につき、被告主張のとおり大正製薬から仕入をしたものと認められるかの如くである。

(ロ) しかし、右回答には、決済状況の記載がなく、大正製薬は、札の辻薬局を好男の実母前崎うめが経営している西院薬局の支店として認識していたと思われるうえに(乙八の1ないし3)、大正製薬が西院薬局宛に作成した本件係争各年分の取引高一覧表(甲一三)によれば、本件係争各年分の右売上高に対する支払は、いずれも西院薬局からなされている。

(ハ) そして、大正製薬から送られてきた商品は、平成元年当時においては、西院薬局の倉庫に送られれている(甲二ないし五)。

(ニ) 大正製薬は、札の辻薬局と昭和五八年以来、現在に至るまで商品の受注行為や売掛の回収等の取引をしていないとの証明書を作成している(甲一)。

ロ 右(イ)ないし(ニ)の各事実によれば、本件係争各年当時、大正製薬に対する仕入代金の決済は、西院薬局がしており、平成元年当時においては、大正製薬からの商品は、西院薬局の倉庫に送られており、他方、札の辻薬局と大正製薬は、現在まで取引をしていなというのであるから、本件係争各年当時、大正製薬と取引をしていたのは、好男の実母である前崎うめが経営する西院薬局であって、原告が経営する札の辻薬局ではなかったものと認めるのが相当である。

ハ もっとも、証拠(乙一一、証人好男)及び弁論の全趣旨によれば、札の辻薬局は、西院薬局の倉庫から五〇メートルないし一〇〇メートル程度離れているにすぎないが、西院薬局は、右倉庫から二、三キロメートルも離れていること、原告の経営する札の辻薬局は、西院薬局の支店として登録されていることの各事実が認められるが、前記イの認定事実に照らせば、右各事実をもってしても、前記ロの認定を左右するものではないというべきでる。

したがって、被告の主位的主張に係る別表2の1の<8>欄記載の大正製薬の各年分の仕入金額は、原告のものとは認められないから、原告の本件係争各年分の売上原価(仕入金額)は、別表1の2<2>欄

(別表2の1合計欄)記載のとおりとなり、被告の予備的主張額と同額と認められる。

(2) 売上金額

右(1)の売上原価の額に、別表3の1ないし3の<3>欄記載の同業者の平均売上原価率で除して算定される原告の本件係争各年分の売上金額は、別表1の2の<1>欄記載のとおり、被告の予備的主張額と同額と認められる。

(3) 算出所得金額

右(2)の売上金額に、別表3の1ないし3の<6>欄記載の平均算出所得率を乗じて算定される原告の本件係争各年分の算出所得金額は、別表1の2の<5>欄記載のとおり、被告の予備的主張額と同額と認められる。

(4) 特別経費の額

被告主張の特別経費の額が別表1の1<6>欄及び別表1の2<6>欄記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。

なお、原告は、次の経費を特別経費として追加して主張するので、この点を検討する。

イ 人件費について

原告は、森をアルバイトとして雇い入れた人件費を特別経費として主張し、これに沿う甲九ないし一一(給料袋の封筒)及び証人好男の証言を援用している。

しかし、証人好男は、森の勤務時間についてははっきりわからないとしつつ、給料を時給で計算していた旨を証言するが、甲九、一〇に記載されている金額は、月ごとで、しかも、ほぼ毎月同額(昭和六一年分は八月と一二月を除き月額六万円、昭和六二年分は、三、八、一二月の各月を除き月額六万円)であり、給料を時給で計算していたとの右証言を前提とすれば、甲九及び一〇の記載は、不自然である。また、甲一一には、「エプロン」「カーペット」という記載があり、これによれば、甲一一が森の給料袋であると直にいえるか疑問である。加えて、乙一〇及び証人山田弘一によれば、原告の実母である中西シズヱは、森は薬局ではあまり会わないし、手伝いにも来ないと述べており、これらの事実を総合すれば、原告の前記主張に沿う甲九ないし一一及び証人好男の証言から原告主張の人件費を特別経費として認めることはできない。

ロ 店舗敷地の地代について

更に、原告は、水野晴夫に対し、本件係争各年分において支払った店舗敷地の賃料を特別経費として主張し、これに沿う証人好男の証言を援用する。しかし、証拠(乙九の1、2、証人山田弘一)によれば、水野晴夫及び同早知子は、被告からの照会に対し、原告より地代を受け取った事実はない旨を回答しており、また、証人好男は、水野晴夫の右地代の領収証を貰っていると証言しつつ、右地代の領収証を当法廷に提出しない。そうであるから、右原告の主張に沿う証人好男の証言をたやすく信用することはできず、他に原告の右主張事実を認めるに足りる証拠がない。

したがって、本件係争各年分の特別経費の額は、当事者間に争いがない前記被告主張額と同額と認められる。

(5) 事業専従者控除額

事業専従者控除額が、別表1の1の<7>欄、別表1の2の<7>欄記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。

(6) 事業所得金額

原告の本件係争各年分の推計による事業所得金額は、前認定(3)の算出所得額から、前認定(4)の特別経費の額及び同(5)の事業専従者控除額を差し引いた額であるから、別表1の2の<8>欄記載のとおり、被告の予備的主張額と同額と認められる。

第四結論

以上のとおり、被告の推計には必要性、合理性が認められ、かつ、原告の本件係争各年分の事業所得金額は、別表1の2の<8>欄記載の被告の予備的主張額と同額と認められる。したがって、別紙「課税の経緯」記載の本件各処分の事業所得金額(総所得金額)は、いずれも右別表1の2の<8>欄記載の事業所得金額の範囲内にあるから、本件各処分は、いずれも適法である。

(裁判長裁判官 松尾政行 裁判官 川村浩 裁判官中村隆次は、在外研修のため、署名捺印することができない。裁判長裁判官 松尾政行)

別紙

課税の経緯

<省略>

別表1の1(被告の主位的主張)

原告の事業所得金額

<省略>

別表1の2(被告の予備的主張)

原告の事業所得金額

<省略>

別表2の1(被告の主位的主張)

原告の仕入金額

<省略>

別表2の2(被告の予備的主張)

原告の仕入金額

<省略>

別表3の1

同業者率明細(昭和61年分)

<省略>

別表3の2

同業者率明細(昭和62年分)

<省略>

別表3の3

同業者率明細(昭和63年分)

<省略>

別表4

原告の減価償却費の計算明細

1 取得価額 1,952,700円

2 耐用年数 24年

3 償却率 0.042

4 事業専用割合 50%

5 償却費の算出費

昭和61年から昭和63年まで同一の算出額となる。

* 取得資産の残存価額の割合

6 各年分の減価償却費の額 36,906円

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